COLUMN

知識の杜

「運動療法」とは?

当たり前のことですが、ヒトは動物です。従って、動くこと、運動することを前提として作られていますので、動かないこと(運動不足)は便秘、不眠、体調不良などに始まり、多くの「生活習慣病」を引き起こすことになります。動物にとって「適切な運動」を行なう事は健康維持にどうしても必要です。

無論、「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、健康に良いはずの運動もやり過ぎれば害を及ぼします。特に、すでに高血圧や肥満症などの生活習慣病や心血管疾患・心疾患(循環器疾患)などの病気をお持ちの方が、急にジョギングを始めたり、強い筋トレをしたりすると、多くの場合「強すぎる運動」となり、高血圧がひどくなって心臓や血管の重大な病気をおこしかねません。「ちょうどよい運動」、言い換えれば「安全で効果的な運動」を続けることで、病気をなおしたり予防したり進行を遅らせたりすることができるのです。

ご存知のように、色々な病気の治療や予防にはお薬が使われることが多いですね。これを「薬物療法」と言いますが、一方で「非薬物療法」という言葉もあります。例えば、「補聴器」や「カウンセリング」「ペースメーカ」「人工腎臓」などです。「運動療法」はこの非薬物治療の最も基本的で適用範囲が広い治療法です。なぜなら、現代人の病気の多くは本来動くことが当たり前の人間が動かなくなったことが原因で引き起こされているからです。

表には、「動かないこと」が引き起こす多くの身体的精神的異常をまとめてあります。逆に言えば「運動療法」はこの表にあるような多くの病気に効果があるのです。これ以外にも、運動不足が原因の一つであるがんも七種類以上報告されており、なかでも日本人に頻度の多い大腸がんや乳がんは運動不足との強い関係が証明され、再発予防にもとても有効とされています。

 

表 低活動によって引き起こされる機能異常

 

さて、皆さんは普段、どのような身体活動をされてますか?
昼間に家で家事をしている
仕事に行っている
庭仕事をしている
ゴルフをしている
など、いろいろあるかと思います。

最近では5分や10分間の運動でも1日に何回もすれば、まとめて30~60分間運動したのと同じ効果があると言われています。確かに実験ではそうなのですが、私どもが患者さんにそうお話すると、ほとんどの方は「歩いたり掃除したりする時間を足すと充分やっているので運動療法は必要ありません」とお答えになります。しかし、そのような方達が運動不足でメタボや生活習慣病になるのはなぜでしょうか?やはり運動量が足りないのです。それと重要な事は「運動療法」をきっかけに、食事や休養、睡眠など、日常の生活習慣の改善ができることがとても重要なのです。「自分は健康のために時間を取ってしっかり運動している」という意識が、運動以外の生活習慣を改善する大きな力となるのです。

1980年頃までは、心不全などは安静にしていなければならないとされていました。心筋梗塞になったら1ヶ月以上は入院安静が必要でした。しかし、今では心筋梗塞の発症翌日からリハビリが始まり、3日目には自転車こぎで運動負荷試験が行われる事が稀ではなくなりました。心不全でも急性期治療が終わると運動療法をして再入院を3割以上減らせます。腎不全では運動療法で人工腎臓のお世話になるまでの時間を延ばしたり、肝不全の症状を軽くしたりします。大腸がんの再発を3割以上減らすこともわかっています。

このように適切な運動の効果は薬物療法や手術療法に勝るとも劣らないものです。しかし、薬物療法でも不適切な薬を飲んだり、量を間違えて大量に飲んだりすれば、効果があるどころかとんでもない副作用が出ることはご存知でしょう。「運動療法」も全く同じで、いわば「両刃(りょうば)の劔(つるぎ)」なのです。毎日、クラブ活動で運動をしているような健康な若い人は別として、一見健康でも30歳を過ぎた男性や閉経後の女性は動脈硬化が始まっていると言われます。まして、検診などで異常値を指摘されているような方は、必ず運動療法の専門家の指導を受けましょう。具体的には、運動負荷試験をして「運動処方箋」を出してもらうことを強くお勧めします。「運動処方箋」はその方の目的に合った運動の種類や運動の強さ、時間、頻度などを具体的に指示しています。そして、その処方箋に沿った指導ができる日本心臓リハビリテーション学会認定 心臓リハビリテーション指導士や、特に生活習慣病について 研修を受けたJHC認定健康運動指導士に指導やアドバイスをしてもらいましょう。

もう一つ、知識と経験の豊富な指導士さんの指導を受ける事はとても重要ですが、効果を高める上で大事なことは「仲間と一緒に運動する」ことです。そもそも運動があまり好きではない人が運動不足で身体の不具合を起こしているわけです。なかなか一人では続かないことは明らかです。お薬と同じで運動も継続しなければ効果はありません。継続するために最も効果的なことは「仲間と一緒に運動する」ことです。例えば心臓リハビリテーションでは「集団療法」といって数名から十数名のグループで運動療法を行います。その方が継続率も上がり効果も高いからです。

重要!
1. 運動は多くの病気の治療や予防に有効
2. 安全で効果的な運動をするためにかならず「運動処方」を
3. 信頼できる指導士と、志を同じくする仲間と一緒に長く続けましょう

榊原記念病院/クリニック 欅坂上医科歯科クリニック
伊東春樹